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ケータイ小説のリアル (中公新書ラクレ)

ケータイ小説のリアル (中公新書ラクレ)

神々の「Web3.0」 (光文社ペーパーバックス)

神々の「Web3.0」 (光文社ペーパーバックス)

どちらの本も、タイトルこそアレだけど基礎的な事をさらっと浚っている良書。といっても「ここに書いてある事すら知らないとどうにもならない」という類いのそれであって、新たな知見が得られる類いの本ではないですが。とはいえこういう“現代の常識”は学校で教えるようになる「歴史」と化すまでは何十年もかかるわけで。その間はこういう新書でフォローされるしか仕方がないのでしょうね。
Fanroad (ファンロード) 2008年 11月号 [雑誌]
どちらの本でも(多分意図してだと思うけれども)無視しているのが「ユーザーによる創作なんてのは昔からあったことで、これらの新メディアが現れる前から当たり前であった」ということ。それがメディア化される事すらも、読者投稿誌やら同人という形で既にあったわけですし、それ以前のローカルに生産消費される「私の詩集」の類いや、回し読みされる手書きメディア等々、メディアの創作自体は多量にされていた。

近年での変化というのは、そういったローカルに生産消費されていたものが CGM という形で「万人の目に留まる」ようになった、という点のみ。*1

更に言えば、プロの生産するものもマスメディアというプロ専用のメディアではなく CGM という一般的なメディアを利用するようになった。

つまり起こっているのは「CGM への一元化」なんですね。
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あるいは Consumer Generated Media という用語/カテゴライズが不適切なのかも。これは要するに「全てがメディア化する」というだけの話ですから。

そうなれば、所詮は工業製品でしかない従来的なマスメディア(書籍雑誌新聞ラジオテレビ)は滅びるしかなく。

富の源泉が土地と人民にあった時、羊皮紙や竹簡や紙に手書きされ「人」のルートで伝達され、
富の源泉が資源にあった時、新聞や映画やテレビで大衆報知され、
そして今、富の源泉が知的所有権にある時……

CGM というのは所詮は器にしかすぎず、それに「広告」を付けたとしても別の富の源泉への「誘導」以上のものにはなり得ない。(それでも従来での無料娯楽の王様テレビの代替程度にはなれるわけですが)

第11条(所有権と知的財産権

  1. 会員コンテンツが投稿小説の場合、会員は、当該投稿小説の映画化、アニメ化、ドラマ化、ビデオグラム(VHS、DVD、ブルーレイその他現在実用化され、又は将来開発される一切の形式、構造、素材の記録媒体を含みます。以下同じ。)化、フィギュア等の商品化、出版化その他の二次利用について、当社が独占的な窓口権を有することに予め同意するものとします。当該二次利用の原作使用料その他の条件については、別途会員と当社との間で協議の上決定するものとします。
  2. 会員コンテンツが投稿小説の場合、会員は、第三者から当該投稿小説の映画化、アニメ化、ドラマ化、ビデオグラム化、フィギュア等の商品化、出版化その他の二次利用の申込みを受けた場合には、直ちに当社に通知しなければならないものとします。

piapro(ピアプロ)|利用規約

といった規定で許認可権と徴兵制通知義務を設定して、CGM での UGC そのものを富の源泉として排他的に押さえようとする。

商業用途のみとはいえ排他的な権利を設定されると「同人誌にしてとらのあな経由で販売」といった分かりやすい場合のみならず、例えばニコニコ動画での JASRAC 曲の使用等の「コンテンツ製作者が直接払っていないが、運営が代理で徴収と支払いをしている」といったパターンでも使えなくなる。そして CGM の進展にしたがって、この2つのパターン*2が増えて行くので、メディア各系列毎の囲い込み*3が進行する……。

さあ、初めての音に導かれて、あたらしい未来がやってきますよ。

*1:このブログにした所で、友人との酒飲んでの駄弁りで終わっていたような話題が公開メディアに載るようになった、程度のもんでしかないし

*2:「使用料金の代替として商業使用での排他的優先権を要求する」「コンテンツの使用料金を代理徴収する」

*3:つまり他とのマッシュアップ不能