A STORY FOR YOU

あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

これは凄まじい love story.
同著者の作品はデビュー作の
戦略拠点32098 楽園 (角川スニーカー文庫)

戦略拠点32098 楽園 (角川スニーカー文庫)

を読んだだけなのですが。そこで暗黙の内に主張されていた価値を形にしてみた、という風情の作品。『楽園』で描かれたのは「不毛な永遠」とでも言うべき状況。そしてこちらは……。
一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

帯に

イーガン、チャンを経由し
伊藤計劃に肉薄する
SF史上、最も無機的で
最も感傷的な“死”の情景

とありますが。『ハーモニー』同様に『一九八四年』的ディストピア*1を受けている作品。《サマンサ》を『一九八四年』のオブライエンや『ハーモニー』のミァハと比較してみるのも一興ではあります。

とはいえ。『一九八四年』は1人の新たな党内局員が生み出される情景の物語、そして『ハーモニー』が作中キャラのミァハの生の物語であったのに対して、この作品はあくまでも『あなた』つまり読者を向いた物語。人は誰でも死ぬし、その代表として主人公はある。

『一九八四年』は同じくオーウェル著の『動物農場』と同様寓話つまり外のもの、『ハーモニー』は「ミァハの物語」をサプリメントとして消費する、読者にとってそういう位置付け。しかしこの『あなたのための物語』は「この物語を読む」という一回性の体験をこそ目的としている……。

〈どちらの場合も、自分自身のことだけに視野が狭まり、他人に攻撃的になり、自分のルールに忠実になります。恐怖に支配された人間と自己愛に縛られた人間は、出力(アウトプット)出力するものが似ています〉
p176

抵抗(プロテスト)へと呪縛された人生を送ってきた主人公サマンサは、彼女によって存在意義を措定される単なる道具なはずのITPテキスト《wanna be》から……

〈これらが商品たりえたのは、言語を使って、読み手から一秒でも一瞬でも“言語を奪う”ことができたからだと思うのです〉
p267

《wanna be》に「生まれた」それは「拒絶」というコミュニケーションで主人公を通し《サマンサ》のその、個人を社会を平板化してしまうだろう野心を変えてゆくのか……なんてこととは関わり無く、主人公は死に、また読者である私も『あなた』も自分の物語=テキストを終えて行くでしょう。

永遠は無く、しかし「今」は常に自分のものとしてある*2、そんなテキストとして。

*1:もちろん表層の全体主義的社会描写のことでなく「社会が個人を記述してしまう社会」のこと

*2:願わくば、ですが